金瓜石

すっかり月刊化(笑)。子どもたちが家にいるため、じっくり腰据えてブログというわけにもいかないせいもあるのですが。そもそもそれほど気張ってやってこうってスタンスでもないので、まあ、のんびり思いついたときにこうして書いていこうと思います。

8月っていうのは、夏休み映画最後の幕開けのシーズンで面白そうなものもいっぱい聞こえてくるんでありますが、それはまあ、おいおい夏休み明けてもやっているのをあわてず追っていこうと思います。


この夏休みを利用して、基隆から船に乗って石垣島に行くという旅をしてみました。かつては定期船があった台湾と沖縄の諸島ですが、2、3年前にすでに航路はなくなってしまっています。マレーシアの客船会社が毎年5月から10月の期間限定で観光客船を運航していると聞きつけて、一度海路での沖縄行をしてみたかった私は飛びついたです。船内でのカジノ遊びがメインの客船のため、石垣に上陸しての旅はとてもあわただしいものでしたが、船で石垣に向かうと台湾との近さがより実感として迫ってくる、そんな気がいたしました。


出港が夕方だったので、午後家を出てからの時間つぶしに金瓜石まで行ってきました。



福隆行ったときに撮れなかった「十三層遺跡」今度こそ撮りましたとも。こう改めてみるとやはりでかい。迫力。このあとこの廃墟の脇を抜けて黄金博物園区へ向かいましたが、当時の施設がまま残されている様子で、中を見てみたい気持ちがそそられます。



黄金瀑布。近辺の鉱物の成分のため岩肌も黄色くなっています。


さらにずんずん上ると黄金博物園区に入ります。以前も触れたかと思いますが、ここはかつての金鉱山の跡地。経営していた鉱業会社の社屋、従業員寮などがまだたくさん残っています。それを一個のテーマパーク的なものにしているのですね。以前九分*1のついでに寄ったときは、休園日の月曜日だったので、きちんと見るのは今回が初めて。


園区内の派出所。周囲に残った日本家屋にあわせて木造の和風建築になってます。

入園料があるのかと思っていましたが、今は券を買わずに勝手に立ち入っていいみたい。一部有料の体験区*2もありますが、現場でお支払いらしい。
博物園区の中にはいくつかの展示館があり、それをちらちら覗いてみたり、気ままにぶらぶら。当時はレトロなおもちゃだとか広告だとか看板だとか、そんなテーマでの展示がされてました。


礦工食堂というカフェ兼食堂では礦工便當(弁当)というのが名物で、3時頃だというのにお客さんが皆ぱくついてました。台湾の人の胃袋ってどうなってるんだろう?


  

軒先にてるてる坊主を発見して、「はて……。これはどっち由来のものなんだろう」とすごく気になりました。
下記サイトによれば中国由来の風習のようですが……

気象神社物語(9)
http://teruterukun.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_2096.html

しかし、この風貌といい、顔のないところといい、やはり日本から台湾に伝わった形態なんですかね?今度中国語の先生にでも写真を見せつつ聞いてみようか……

中に昭和天皇が皇太子時代に巡幸の折に宿泊した「太子賓館」という建物が残っています。

  

間取りの多いこと。皇太子を迎えたあとは、鉱業会社の迎賓館として使われてはいたようですが、やはり皇太子迎えるにはものすごい労力と財力を費やした時代なんですね。

そしてそこからの眺めは非常によいです。


金瓜石名物の関帝像もよく見えます。


このあたり、台湾でも一番お天気の移ろいやすいところ。この日も午前中は雨だったのに、帰る頃にはすっかり気持ちのいい空が広がってました。晴れたときに九分や金瓜石から眺める海はいいですよ。

とりわけ金瓜石はもこもこしたお山が特徴で、このもこもこの合間に見える海はなんだか不思議。


ほどよい時間になったので、基隆港へと向かいます。

*1:バスでも10分程度の距離

*2:金採集体験や、トロッコ乗車など