夏旅その8 日月潭

いよいよ、夏の旅も終わり。…こちらはまだ暑いですけど、日本の方々にしてみれば「ようやっとかよ!」なペースですね…霧社のところでやや放心気味になってしまい、次が書けなくなった(笑)。帰り道のついでに、と寄ったところではありますが、日月潭のご紹介です。


霧社方面からはまずは台14号線で埔里へ向かいます。
途中、桜の樹が道路の両脇にずらーっと植えられているのです。



トオサンの桜 散りゆく台湾の中の日本

トオサンの桜 散りゆく台湾の中の日本

そのナゾはこの本の中に答えが。


霧社で商売を起こして成功した王さんという方が、私費を投じて埔里から霧社の間を桜の道に変えたのです。途中人止関あたりの駐車場に王さんの種苗所の看板が目に入りました。おお、今でもがんばっていらっしゃるのかしら、と少しほほえましい気持ちにさせていただきました。


この本も台湾の日本語世代のエピソードが集められた良い本ですよ。おすすめ。


この桜が咲いているときにまたこの道を通ってみたいものです。こちらでのシーズンは1月末から2月頃になるかと。



日月潭。こちらも日本統治時代に整備されたダム湖です。丸い形の日潭と月の形をした月潭がくっついているからこのような名前が付いたとか。

蒋介石が別荘をおいたりして、台湾でも有数のリゾート地となっています。10年前の地震で大きな被害を受けたことをご記憶の方も多いかも。

この写真は遊覧船の中から望んだ伊達邵の集落。台湾原住民の中でも、最少の民族であるサオ族の集落です。



本当はゆっくり一泊でもして、朝霧に包まれる景色を見るのが何ともいえないらしいのですが…。ともかく手近にある遊覧船に乗ってぐるっと一回りしてみることにしました。


ホテルデラゴの近くにある埠頭にいくと、複数の遊覧船会社のチケット売り場があります。どの会社も周遊内容に差はないようなので、時間の近いものを適当に選択するのがよいかと。大体が2時間弱かけて、玄光寺、伊達邵の埠頭に30分ずつ停泊しながら湖を一周するというメニュー。


まずは玄光寺の埠頭へ。途中、ラルー島の脇を通ります。

先の地震でほとんど水没しそうになったとかで、今は島の突端部分くらいしか見えません。サオ族に信仰されている島だと聞きましたが、どのようなことに使っているのか…わからない。



はるか向こうに慈恩塔が見える。
蒋介石が自分の母親を記念して建てたものです。


…なんだかどこに行っても一番いいところ、目立つところを占めている…様な気がするんだよなあ。彼らの建てていったもの。それがかつての権勢やら権威やらを示している、ということなんでしょうけれども。



玄光寺は、かつて玄奘三蔵の遺骨が納められていたという由緒正しいお寺だそうですが、今は遺骨はさらに上へと登ったところにある玄奘寺へと移されています。



30分だけの停泊なのであわただしく、再度船に乗り込み次の埠頭、伊達邵へ。


原住民の部落と聞くと俄然鼻息が荒くなる…のですが、ここも停泊時間は30分。そんな短い時間で何をどうしろと…!!


時間も丁度お昼頃で、子どもたちがおなかをすかせてしまい、大急ぎでその辺りのお店で軽く食べられるものを調達。教会を見かけたので、とりあえず写真に収めておきました。宗派すら不明(笑)。


それにしても、本当にどこの原住民部落へ行っても、教会が中心にある。今や彼らのコミュニティの中心を占めるものなのですね。本当にどこかできちんと伝道の歴史や背景を抑えておきたいものだ。



埠頭の脇に、ちょっとした文化村的なものがあり、時間があればここでお食事や、彼らの伝統芸能が見られると思います。船で行かないほうがゆっくり見られる…ということかしら(笑)。


これも、サオ族古来の漁法だそうです。近くの看板を見たら、体験もできるようでした。



と、最後はあわただしく今回の旅は終了。
そして、今回のスケジュールでは、楽しく旅ができるのはここまで…でした。ここから南は台風の被害がひどかった。


日月潭から阿里山方面へ回るコースも本来ならば、大変美しい山道なのだ、と中国語の先生にも教えていただきました。今度は回復したときに。本来の美しさを取り戻した時に。


一日も早くそういう日が来ますように。